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戦歴3:論文再考(山口一次発表)

7月12日

(1) 序

今日は、山口大学の一次の発表。
山口大学も一次は、志願理由および自己推薦の論文である。

結果は、不合格。
群馬に続いて山口も論文ではねられた。


これは少し、対策を練らねばならんと考え始める。

一次試験として論文を課す大学は8割くらいになる。
そしてだいたい、その一次の論文で、受験者の3分の2が不合格となる。
もし志願者の論文の質が均等ならば、3分の1の確率でパスする可能性があるわけだが、実際は論文の質に差異があるから、単純に3回受ければ1回受かるというものではない。

良いものが通る。
これは当たり前。

つまり良い論文ならば3大学の発表をまたずして合格が一つでるはずである。
しかしここまで、2連続で落ちたということになると、僕の論文は、質的に劣るということになる。



ここで反省も兼ねて
論文として劣るとはどうゆうことなのかを考えてみることにした。

 

(2) 考察その1


まず私が落ちたというこは、
1.私は医師に向かないと判断された、
2.または私以上に医学を学ぶに値する人間が応募してきた
ということであろう。

この大学側の判断の基準となるのは、
私とその他の受験者の出願書類および、論文から読み取れる情報のみである。
その提出した書類から読み取れる情報はどのようなものがあるか。

1.名前
2.生年月日=年齢
3.出身大学
4.健康診断書
5.大学の指導教官(ゼミなど)による推薦文
6.論文

である。

加えて、出願書類の請求時期、提出時期、
または字の丁寧さなども一種の私に関する情報としてみることができる。
しかし、このあたりのことで医師としての資質を判断されているとは考えにくいし、
されていたくはないので割愛する。


 

(3) 考察その2


さて”情報”のうち、1と2で判断されることはないだろう。
2.の年齢は、医学習得と医師という職業のハードさから体力面で多少の考慮がなされることもあろうが
私は22才である。4の健康診断書でも問題はなかったので、その心配は無い。
逆に22という年齢が社会経験等から考えて、若過ぎるという判断ならば、
18才の高校卒業したての面々を、向かえ入れていることと矛盾する。
たしかに学士入学なのだから、社会経験の豊富な人材を発掘したいという
大学側の意図もあるかもしれないが、それについても疑問が残る。
これについては後述する。

問題は、3.5.6.である。
認めたくはないが、3.の出身大学で取捨選択しているという噂は頻繁に流れる。
具体的には、東大、京大出身者は、かなり有利だという話である。
そんなことをしたら、幅広い人材を集めるという学士入学の趣旨から外れて矛盾であるが、実際、とある大学の合格者5人のうち3、4人は東大出身者という話もあるので、
あながち単なる噂だと切り捨てることもできない。

また、「医師」ではなく、「医学研究者」を得るために学士入学をしているところもあり、
試験の内容が、生物学や遺伝子学、発生学などに極端に偏っている大学もある。
研究者として経験があり、即戦力がある人間が欲しいという、明らかな目的があるので、
日本で上から1、2、番目の大学の理系専攻の人間を集めるのも、わかる気がするが、
それならば、先にその旨を述べたうえで、出願の際の条件として、
「大学にて、遺伝子学など生命科学を専攻したもに限る」などと書いておけばよい。

そうしないと、一人当たりの受験料の3万円で臨時収入を得ようとしているようにも見える。ありもしない可能性に夢を抱いて、受験料の3万円を払う、文系二流大学出身者の
こちらの身になって欲しいものだ。


 

(4) 考察その3


そして、5.6.だが、これの判断基準もあやふやだと考えられる。
大学の指導教官の推薦文も、自己推薦論文もたいした量はない。
多くて4000字程度である。
いったいこれで何を判断しようというのだろうか?

4000字程度の文章でわかることといったら、話の流れが間違っていないか、
日本語が正しく使えているか、言いたいことを短くまとめる能力があるかどうか、
くらいではないだろうか?
とても、深い内容について考察できる量ではないと思う。

まして、その人間が医師という職業に向いている人間であるかどうかを、
向学心と目的意識があるかどうかを、量ることは無理ではないだろうか?


ここからは、私事ではあるが、文章力にはそこそこに自信を持っている。
話の流れなどを考えながら、割りやすい文章を書くことは慣れていると思う。
「井の中の蛙」だと言われるかもしれないが、
大学の卒業論文は所属していたゼミ内で1番高い評価を受けていた。


とすると、やはり薄い論文の「中身」にどれだけ、インパクトを持たせることができることができるかということが、重要になってくるのだろう。

では、私はどうすればいいのか。
どこかの会社などに就職し社会人になって、
多種多様な経験を積んだのち、また受験をすればいいのだろうか?
それは、その就職先に失礼である。

海外へボランティア活動などをして、その体験を論文に盛り込めばいいのだろうか?
それも、なにか間違っていると思う。
自分が医師になるための、試験をパスするための、ボランティア活動など、
ボランティア精神から、大きく外れている。

では、一般入学でもう一度、高校生と混じって勉強すればいいのだろうか?
確かに、本当にやる気があるのならば、それでもいいだろう。
しかし、それでは、私は大学4年間で経済学を学んだことが全く無駄だったということになる。私にとって大学4年間は、大変よい経験であったし、色々なことを学んだ。

しかし、それを精一杯短い論文の中に表現したところで、医師になる試験を受ける資格すら与えるに値しないとの判断をされてしまう。

はたして、私の大学4年間と、ボランティア体験をしてきた方の体験を
「すばらしさ」や「医師の適性」という同一軸で量り、どちらが「上」であるかということを
決めることはできるのだろうか?


 

(5) まとめと提案


医学部学士編入学に出願してくる人間は、非常に多種多様である。年齢、大学での専攻、それまでの職業、などとてもバラエティに富んだ人たちが出願してくる。
新しい医療のスタイルを模索していこうという趣旨からは、それは喜ぶべきことである。

しかし、まず一次で課される意図のよくわからない、意図があるのかもわからない論文のために、その目的は、達成が非常に難しくなっているものと考えられる。

これは、自分が落ちたから言っているのではない。
確かに、自分が落ちがことは悔しいけれど、それを置いておいても、矛盾を感じるし、
この一次試験を合格しても、素直には喜べないと思う。

そこで、試験のスタイルを以下のように変えてみてはどうだろう?

受験者全員が、学科試験、論文などを一通り受ける。
そしてその総合評価で二次審査などに進むことにする。
受験料を全員から3万円も請求しているので、それくらいの手間はかけてもいいと思う。

短い論文の試験はあまり意味がないので、なるべく避ける。
代わりに、5〜10分でいいから、面接を行う。
たとえば、4000字の論文を10000字にしたところで、
5分間、面と向かって話をする方が、得られる情報は多いと考えられるからである。

以上が提案である。
さて一方、現状がある以上、その論文の1次試験を突破しなければならないのだが、
その方法は、今のところ見当たらない。
私としては、今まで大学や高校、家族や友達と過ごした日々などの経験や体験に
誇りを持っているし、その上で、この自分を評価してもらいたいと思っている。
だから、論文のために、新たに何か行動を起こす気など毛頭ない。
また、大半の大学の願書は論文つきですでに出してしまった。
だから今更、あがいてもしょうがない。
現時点で残っている、島根医科大学の一次論文を書く前に、もう一度じっくりと
自分の医師になることへの情熱&目的意識と語り合って、
よく考えて論文を書くことにする。




さて、長々と文章を書くのに時間を費やしてしまったので、そろそろ勉強に戻ることとします。次の大学の1次試験発表は、その論文の内容はともかく、運でいいから突破することを願いつつ。



 

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