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戦歴8:8月18日〜20日(高知医科二次試験)

8月 18日

8月19日の高知医科大学の2次試験のために
8月18日に出発しました。
高知までの道のりは前回と同じです。



 

8月 19日

8月19日、高知医科大学の2次試験でした。
9時開始で、2時間半の小論文(1)、
11時半〜13時が休憩
13時から、2時間半の小論文(2)になります。

小論文(1)は、乳幼児の数の認識についての英文を読んで、
その内容理解と、実験の目的、追加補足的な実験の必要性の指摘、
追加実験の方法などをかかせるものでした。
小論文というよりは、英語の試験だったきがします。

小論文(2)は、1000wordsの英作文。
「自分が他人(家族以外で)から助けられた体験についてのエッセイを書きなさい」
・・・・・・・・・・・・??????????
出題の意図が読めん・・・・・・・。

が、まあ文句を言っても仕方ないわけで、なんとか書いてきました。
でも中学生レベルの文章だった気がする・・・。

いかにせよ、英語力を問われた1日でありました。
小論文ということで、幅広く医療の倫理から、お得意の医療経済までの
新聞や文献を試験対策として読んでいったのですが、
そのあたりは、全く見当外れだったようですね。
勝って兜の緒を締めていたら、足払いを喰らった気分です。

反省は以下の点

  1. 出願書類の小論文という記述にだまされず、通常の勉強も怠らないこと。
     

  2. 医療に関する知識、問題意識は、常日頃から蓄えるようにして、
    試験前対策だからといって集中して読むなどということをしなくてもよいようにすること。

2次試験の発表は8月30日です。

8月 19日(その2)

8月19日は試験が終わったあと、そのまま愛媛県の県庁所在地、松山市に向かいました。
というのも、愛媛大学医学部の1次試験突破し2次試験へ準備中なのですが、
島根医科大学にも出願しており、島根医科大学の1次を突破すると、(発表は28日)
島根の二次が9月6日
愛媛の二次が9月7日になるのです。

そのうえ島根の二次は、試験終了時間が遅く、松山に着くのが深夜になりそうなので、
あわただしくなりそうだと思い、
高知まで行ったのだから、愛媛大学の下見をしてこようということになったのです。

しかし、間違っていた。
「高知まで行ったのだから、愛媛の下見」という発想が。

高知を17時01分にでて、松山に着いたのは21時12分。
4時間強!
隣の県なのだが、四国山脈を越える電車はなく、
かといって足摺岬側を越えるわけにも行かず、
結局最短ルートは一度、香川県の多度津(たどつ)という駅までもどるらしい。

*図参照


 

試験後の疲れた体には、非常につらい4時間でした。
侮りがたし、四国。

 

8月 20日

昨夜1時までボケっとしていたのに、朝6時半に目が覚めて、
いそいそと愛媛大学医学部へ。
愛媛大学医学部へは、松山市駅(Not JR松山駅)から電車で30分(450円)のところにあります。
愛大医学部南口(あいだいいがくぶみなみぐち)という駅で、降りたらすぐに、
医学部があります。
愛媛大学は医学部と農学部とその他の学部で3箇所に別れているらしいです。
他のところには行きませんでしたが、医学部のあるところは、よく言えば非常にのんびり。悪く言えば、何も無い。
白くて大きな大学校舎と付属病院が、周囲と協調せずに、どかーんと建っていて、それ以外はなにも・・・。

とても広くて、新しくて魅力的な大学校舎でしたが、
市民の方々にとっては、ちょっと使いづらい位置にあるんじゃないかなとも
思いました。




まわりはこんな感じ。


愛媛からの帰りは、睡眠時間の少なさも手伝って、よく寝ました。
まだお盆の帰りなのか、電車は混んでいましたが、運がよかったのか
全て座って帰ってこれました。
 

 

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