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総評  〜2002年の挑戦を振り返って〜  11月7日

今日、11月7日をもって、今年の学士入学の挑戦は終了ということになります。
学士入学には補欠合格というものが無く、
辞退者が出た場合、不合格者の中から繰り上げ合格があるのです。

一番最後に受けた愛媛大学の入学手続期限が6日までで、
7日から辞退者がいた場合の繰上げ発表だったのですが、
残念ながら僕のところには連絡は来ませんでした。

よって完全に、終了となります。


そこで、2002年の挑戦を振り返ってみたいと思います。



 

勉強の開始と専門学校

試験が本格的に始まったのは、6月の中ごろですが、
準備に取り掛かったのは、1月の終わりごろでした。

卒業論文の提出期限が1月中旬であり、そのころから、
学士入学に挑戦することを決めていたので、
年末には、卒業論文を書き上げてはいたのですが、
編集その他に時間をとられ、結局提出は一月に入っていました。



一月の終わりから、専門学校に通い始めました。
大手の大学入学のための学習塾が、社会人のための編入学分野にも手を伸ばしており、
その中に、医学部学士編入学コースがあったのです。

専門学校での教科は、
英語・小論文・物理・化学・生物
でした。

1月の終わりから、4月のはじめまで、週に3〜4日通いましたが、
その内容は十分とは言えないものでした。

それは、塾が悪いのではなく、この医学部の学士入学という制度が始まったばかりで、
各大学での傾向や、出題範囲もさまざまであるため、
専門学校側も対応策が立てられない状態だったからです。
だから勉強という点では、自宅でやっていても大して変わらない内容でした。

多分、あと数年はこのような情報不足で、
専門学校に勉強を期待するのは難しい状況が続くと思います。


そのような状況でも、以下のものは専門学校から得ることができます。
 

  1. よい参考書の情報
    何からやっていいか全くわからない人には大助かり。

     

  2. 友人と友人を通じた情報交換
    数年間、挑戦し続けている人もいるので、そのような方と友達になると
    情報が得やすい。

     

  3. トピック、ニュースなど最新の医療に関する情報
    どこから手に入れたらいいのかがわからない人には大助かり。

     

そんなところでしょうか。






 

出願


1月から4月の専門学校の終え、5月あたりからは願書の請求、出願のシーズンになりました。
(出願などはもっと早い時期のところもあります。)

出願で面倒だったのは、健康診断書と推薦状でした。
健康診断書は医療機関に行き、大学指定の健康診断書に書いてもらわねばならないのですが、
願書の配布開始時期がまちまちなため、一度に全部書いてもらうことができず
何校かまとまった時点で病院に行くようにはしましたが、それでも何度も行かねばなりませんでした。
しかも、結構な値段がかかります。

推薦状も同じです。
大学の指導教官に、大学での様子、人物の評価などを書いてもらうのですが、
これも指定の用紙に書かねばならず、
健康診断と同じように、願書配布と出願締め切りの合間で、何校までまとめてお願いできるかの
調整が面倒でした。

しかも、僕の大学教官は今年から京都の大学に移ってしまわれたので、
すべてe−mailでのお願いをした後、郵送で指定用紙を送り、記入後返信してもらうという作業なので、
さらに時間がかかるため、調整がとても面倒でした。

・・・・・実は一校、推薦状が間に合わなかった大学もあるのです。
その大学には、その旨を説明し、推薦状ができ次第送ることを書いた紙を出願書類に添付して出願しました。
通常ならば、書類不備でその時点で受験資格剥奪なのでしょうが、
特別に許可していただけました。とてもありがたかったです。


 

予定の調整

次に大変だったのは、予定の調整です。
可能性はできる限り広げておきたかったので、
体力の続く限り多くの大学を受験しようと思い、全国各地の大学に出願しました。
その結果、予定の調整がシビアになりました。
というのも、なぜか試験日が重なる、または次の日、次の次の日にある大学が多く、

A大学の1次に受かった場合、A大学とB大学で試験が重なるため、
どっちかを選ばなければならないが、
B大学の三次まで考えた場合、C大学の二次と重なり、
C大学の試験日の翌日にはD大学の試験があるが、
C大学のデキも考えねばならず、C大学とD大学の間を試験のあと移動するのは無理で、
C大学の1次の発表は、まだ先で、D大学の出願もまだで・・・・・・・。
 



などと、フローチャートを作らねばならないかと思うほどでした。
結局、1次にボロボロ落ちて、超過密スケジュールにはならずにすみましたが、
多少キツい時期もありました。

 

試験シーズン

さて、そして6月からは実際の試験の時期になります。
試験の時期に一番苦労したのは、頭の切り替えです。

物理・化学・英語などをインプットする勉強の思考、
実際に試験を受ける時の、アウトプットする思考、
本を読んだり新聞を読んだりして、自分なりの考え方や意見の創造、
自分なりの考え方や意見を、他人にわかってもらうためにはどうしたらいいかの知恵、

だいたいこの4つを、次に予定されている試験に応じて
頭の中で切り替えていかねばなりません。
切り替えがスパっといけばいいのですが、なかなか難しいものです。
一度は、頭がショートして立てなくなり、18時間ほど寝てたこともあります。

加えて、試験は全国各地であるため、
長距離の移動に耐えるよう体調の管理も考えねばなりません。

 

試験

2つのタイプの大学があると思いました。

一つ目は、超優秀な人間が欲しい大学です。
このタイプは、はちゃめちゃに難しい学科の問題を広範囲に出してきます。
多分、すべての問題を解くことは無理でしょうから、
多岐にわたる問題のうち、自分の得意分野に関して、完答できればそれで通るのでしょう。
その上で、義理のように面接試験などを行い、ほぼ学科のみで合格者を決めます。
このタイプは、即戦力が欲しい、または研究員が欲しいという大学です。
よって、文系の人間は願書添付の論文の時点で敬遠されがちになります。


二つ目は、面白いやつが欲しい大学です。
このタイプは、学科試験はアシキリ程度にしか考えていません。
適度の難易度の問題を出し、その上で、面白そうなやつを選びます。
さまざまな分野からの人間が欲しいのか、または明確な目的、やりたいことがある人、やる気がある人を選ぶようで、
学科試験の点数は、学科試験以降の成績と別に考えているところもあるようです。


僕は、明らかに二つ目のタイプの大学に求められている人材でしょう。
実際、一次試験の結果を見れば明らかです。

つまり願書添付の論文も含め、一次試験が受かったところは、最終試験まで行っているのです。
自分のような人間を欲しいと思ってくれている大学ならば、
最後までは残れるということですね。

大学側の欲しい人材を見極めて、受験する大学を選ぶことが重要だということがわかりました。
 

終わりに

長くなったので、そろそろ終わりにしますが、

総じてこの1年の挑戦は決して無駄ではなかったと、思いたいです。


つらいこともありました。
むしろつらいことばかりでした。


でも、自分のやりたいことをやらせてくれる両親に恵まれたこと、
リスキーな賭けに出る僕を応援してくれる友達がいること、
そして、やりたいことが見つかっていること、
などを考えると、僕はとても幸せ者だと思います。

この幸せに甘んじることなく、少しずつでもいいから夢に近づくよう
これからも努力を続けます。



いろいろな人に応援され、今の僕はあります。
本当に、感謝しています。
近いうちに、きっと、必ず、その期待と応援に応えられる人間となって、
みなさんにお返しをしたいと思います。


期待して待っていてください。
2002年11月7日
直基







 

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